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指慣らし [練習メモ]

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天高く
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ムンク雲

<雑メモ>
”カディスの赤い星” 以来毎回読む度に楽しませてもらった逢坂剛さんの作品、
筋金入りのギター馬鹿で、小説の中でも良くギターが出てくる。
流石にもう逢坂剛さんは卒業した思いだけど(除く時代物)先日ブックオフで
偶々、未だ読んでいない”十字路に立つ女”を見つけた。
何年振りかで読んだ剛さん、相変わらずの口の減らない軽妙なジョークとよくも
こんなおもしろい筋書きを思いつくものだと感心する。
この本の初っ端でギターのスケール練習の事が出ていた事に刺激されて
急に自分も久しぶりに指慣らしをし出した。
言う程の事ではないけれど”ハ長調”(⑥~①の13F迄)をim,mi,ma,amで10分位(?)
弾くだけで指の安定性が可成り良くなった。高齢者のゆるゆる体操のようなもので
これからも成るべく続けようと思う。
(若い人はちゃんとセゴビアの全調に挑戦して下さい。)

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子曰: 学而時習之、不亦説乎 [練習メモ]

学びて時にこれを習う、また説ばし(よろこばし)からずや
な~んちゃって、

<練習メモ>
今日中に録音して載せなくては、というような無理な気持ちの桎梏から試しに
自分を解放してほぼ一週間、ギター以外の事にもいくつか気持ちを向けてみました。
スピーカーの音が片方しか出ないなどアンプが原因と思いアンプを買い替えても
結果は同じだった、原因はスピーカーのコードの接触不良、修理するのが面倒で
専らパソコンでYouTubeなどを聞いてコンポは放っておいた。
孫が遊びに来る度に何故かアンプのつまみをあちこち回したり押したり足を載せたりで
使わないうちにダメになったら親に請求しようかと思っていた。
今回試しにスピーカーの状態を見て直せるものなら直してみようかと久しぶりに
電源を入れたら何故か正常に音が出た。
やはりパソコンでの音とは別物で良いなあと思った。
ところでギター、
録音するとすぐ次の曲に取り掛かり折角苦労して覚えた曲もすぐ忘れてしまう、
そこで今回は今までに弾いた曲でも特に好きな曲を毎日1,2曲取り出して一部
だけでも譜面を見直して弾いてみるととても良い。正に、時にこれを習う。
練習では弾けない状態を十分味わう事が大事だと感じました。弾けない箇所に
なるとどうしても無理をしてしまう。無理が通れば道理が引っ込むというわけ
にはならず今回もまた練習中に左手首を少し痛めた。
取敢えずは当分このペースでゆっくり行こうと思います。

<レスピーギのシチリアーナ>
リュートのための古風な舞曲とアリア第三組曲第三楽章



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気が付いたら今年ももう咲いていた
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装飾音 [練習メモ]

スタッカート、テヌート、グリッサンド、トリル等の装飾音は特にギターに
於いては重要な表現の方法です。これら装飾音の弾き方一つで演奏者のセンス、
実力の程が分かります。
この曲の初めの辺りでセゴビアの真似をして意味を分からずにテヌート
する演奏をよく聞きます。他にも武井守成さんの落葉の精の中でも
テヌート記号が付いているからとテヌートする人が多い。気になる事です。

<今朝の一曲 メンデルスゾーン 無言歌集より 舟歌 OP.19-6>



ピアノに負けないギターの世界を作ってくれたタレガさんの編曲


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人のやることをよく見て真似して覚える [練習メモ]

<今朝の一曲 セゴビア ヘンデル Sonata in D minor>


最近はあまり弾かれていないようです。長さは手ごろなので
その中弾いてみたい曲です。

<メモ>
守破離、意味合いは同じでないだろうけれど物事を習得する時、上手い人の
真似をするという事は良い方法だろう。真似をしようとする過程で色々発見
する事があるはず。美術館で本物の作品を前にイーゼルを立てて模写している
姿を見た事がある。これと同じように、セゴビアの弾く曲をその一部分だけでも
同じように弾いて聞いてみるとこれが全く様にならない。
気持ちに余裕のある時にやってみたい。


曲想について [練習メモ]

<曲想について>
日頃ギターを弾く時にこの曲はどういう風に弾こうかと思いを巡らす、
そういう事をとりとめなくメモしてみました。

曲のイメージが湧かない、どう弾いたら良いのか分からない、
そんな事が時々ある。例えば、禁じられた遊び、この曲を弾く時は
特に何も考えないで弾く、この事は曲想が体に浸み込んでいるので
意識しないで弾いているという事か、理屈で考えれば夢遊病者で無い
のだから曲を弾くからには何らかのイメージを持って弾いているのだろう。
曲のイメージが湧かない時そのまま繰り返し弾いていると曲想がはっきり
して来る事がある。
以前私の先生の話の中で、バッハのリュート組曲1番のプレリュード、
どう感じて弾くか迷った結果、考えないで弾くという弾き方があるという
ような事を聞いた事を思い出す。それもありそう。
例えばアルベニスの”入江のざわめき”を例に取ると、先ず出だしの上行する
ところ。恐らくピアノでは一気にさっと駆け上がるだろう。ところでこの
箇所は何なのか、もちろんどう感じようが各自の勝手。
ギターではどうする、この箇所の編曲も高く上迄持って行くのもあれば低く
抑えるのもある。空を見上げて神様、やるだけやるからあとはよろしくと
成層圏の上まで気持ちを放り投げるのか。自分としては精々雲の漂う低い空
あたり、自分の内心に思いを向ける。この箇所の感じ方でその後の弾き方が
違ってくる。まるでねじり鉢巻きで一丁やってやるかとばかりにじゃーん、
と威勢よく弾くのは好みでない。その後のアルペジオも音域を広げて弾くか
押さえて弾くか編曲は色々。要はこの曲をどう弾きたいかという曲想の持ち方。
そもそも演奏するという事は内に思いを持っているから弾くので何も無ければ
弾けない、という事も聞いた事がある。だけれど先入観を持っておかしな演奏
をする人を見かける事も多い。
名曲は曲そのものが曲を作ってくれる、イメージが明確にされていくという事が
ある。ギターは編曲ものが多いので自分の曲想と合う編曲を探すのに苦労する。
また頭の中で曲想を考えて実際に音にすると中々イメージ通りに行かない事が多い。
演奏の基本がイメージした音をどうしたら出せるかという事の追求だろうから
面白そうだけれど自分にはむづかし過ぎる。

<カルッリのワルツ OP.121 No.1>
フェルディナンド・カルッリ  1770-1841  伊





ローマは一日にして成らず [練習メモ]

このところ腰を据えて曲を練習すると言う事がない。
弾きたい曲が色々あるけれどどれも簡単に手を付けられない。
今度はあの曲を弾いてみたいなと思った途端、だけどこれは簡単には
いかないからな~、譜面を纏めるだけでも何日かかるか分からないからな~と
すぐに気持ちがシャットアウト。
後どれだけ弾く事が出来るか全く予測が立たない事を思うと何とかしたい。
そこで、こんな時に気持ちにぴったりの言葉を思いついた。
ローマは一日にして成らず。大変なのは当たり前、日にちのかかるのは当たり前、
取り掛かるぞ~とこの呪文を唱える。まあ何日続く事か。


<ソル エチュード OP. 31-23>
Fernando Sor 1778-1839  西




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練習メモ [練習メモ]

ギターを弾いていると時に発見(気づき)がある。
先日ある曲を練習していて①弦をaで歌わせて弾きたい音がどうしてもタッチが
弱くて貧弱な音しか出ない、やむなくmで弾いたりしていた。aの指の力が無いの
だからいくら頑張ってもダメだと思っていた。所がふと指でなく手首を曲げ下して
甲の重さとテコの力を利用すれば楽に求める音を出せる事に気づいた。別に考えて
いたわけで無いのに気付いたのは無意識に考えていたのだろう。何を今更こんな
事をと言われそうだが自分にとっては一つの発見。今までにもいくつも発見は
あるけれど時間が経つと忘れてしまう。継続、繰り返しが大事。

カルリ 練習曲イ短調
ギターの練習生でこの曲を弾かない人はいないのでは。


やるっきゃない [練習メモ]

やるっきゃない  (おたかさん    ちょっと古いか)
やらない理由をこれでもかと次々に出しても進歩はない。
やれる理由を、可能性を探せばいくらでも考えられる。(百合子さん)
人間自分の事に関しては非常に都合の良い事をいくらでも考え出す。
盗人にも三分の理、自分が自分を守らないで誰が守ってくれるか、と
これは恐らく種の保存を図ろうと神様がDNAに仕組んだからでしょう。
今年も残りあとわずか、課題曲が殆ど手付かず。楽をしたい、怠けたい、
弱気が出てついつい避けたがる。
ここはやるっきゃない、 やるっきゃな~い

<娘よ  昭和59年>
鳥井 実 作詞 松浦孝之 作曲 歌:芦屋雁之助  



<芦屋雁之助さん>
おとこ親なら・・・  コメント不要

嫁に行く日が 来なけりゃいいと
おとこ親なら 誰でも思う
早いもんだね 二十才を過ぎて
今日はお前の 花嫁姿
贈る言葉は ないけれど
風邪をひかずに 達者で暮らせ

夕べ娘が 酌してくれた
酒の味さえ おぼえていない
古い写真を 指さしながら
ここが父さん そっくりなのと
頬のあたりを なでながら
涙ぐんでは はしゃいでくれた

笑い話で すませるけれど
口じゃ言えない 苦労もあった
嫁に行ったら わがまま言わず
可愛い女房と 言われて欲しい
いつも笑顔を 忘れずに
ついて行くんだ 信じた人に



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ギターの先生について: あくまで私の場合 [練習メモ]

自分の経験から考えると良い先生につくと言う事はとても大事な事と思う。
但し良い先生と巡り合うと言う事はかなり偶然的な面が多く自分はとても
運が良かったと言うしかない。また先生と生徒の馬が合うと言う事でも
あるでしょう。
ワンレッスンの様なその場限りのレッスンを含めれば過去10人近い講師と
接触した。もし先生と決めた人と出会わなかったならば今のようにギターを
楽しむ事はとても出来なかったと思う。とても有難く思う。
技術的な事は勿論大事な事で偉そうな事は決して言えないけれど、それは
自分で試行錯誤し、苦労、工夫すれば何とか分かる事。ただ、曲の表現の事、
センスの事、など特に自分に欠けている事を折に触れ指摘されると全く想像も
していない事などもあって初めは驚く。
私の先生はよく、粋に弾くとか、野暮な弾き方はダメ(言葉通りではない)とか
そのような表現をしていました。また、スタッカート、スラーなどは厳しく指摘
されました。そこはもっと苦しい音で、こういう音でとか、もっと綺麗なトリルで
とか、ビブラートはしっかり回数を考えてとか、そのフレーズの所で遅くしないで
とか、止まると思うように持って行ってさっと速めてとか,どうでもいいところは
あっさり弾いてとか・・。 特に弱った事はよく”普通に弾いてください”と言われ
た事。自分では普通に弾いているつもりなので言われた時は訳が分からない。初め
から自分の思い込みで色を着けないとか、このようなレッスンの繰返しでした。
それに加えて私の先生は運指を非常に考えたので、その時付けてもらった運指の
意味を今になって考える事もある。日本で出ている曲集などの運指を見ると随分
いい加減なものがかなりあり,こんな運指でまともに弾けるはずがなくそれだけで
編者の実力を疑う事もある。
今とても残念に思う事はまだまだ教えてもらいたい事が5倍10倍あり、已む無く
当時教わった事をベースにして何とか暗中模索して自分で考えて練習している。


<琵琶湖周航の歌
小口太郎 作詞 作曲

1 われは湖(うみ)の子 さすらいの
  旅にしあれば しみじみと
  のぼる狭霧(さぎり)や さざなみの
  志賀の都よ いざさらば

2 松は緑に 砂白き
  雄松が里の 乙女子(おとめご)は
  赤い椿の 森蔭に
  はかない恋に 泣くとかや

3 浪のまにまに 漂えば
  赤い泊火(とまりび) なつかしみ
  行方定めぬ 浪枕
  今日は今津か 長浜か

4 瑠璃(るり)の花園 珊瑚(さんご)の宮
  古い伝えの 竹生島(ちくぶじま)
  仏の御手(みて)に いだかれて
  ねむれ乙女子 やすらけく

5 矢の根は深く 埋(うず)もれて
  夏草しげき 堀のあと
  古城にひとり 佇(たたず)めば
  比良も伊吹(いぶき)も 夢のごと

6 西国十番 長命寺
  汚れの現世(うつしよ) 遠く去りて
  黄金の波に いざ漕がん
  語れ我が友 熱き心


今朝の空
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一曲千回 ビラロボス エチュード1番 [練習メモ]

<練習メモ: 一曲千回の実験>

一曲千回弾いたらどうなるか、そんな実験をビラロボスのエチュード1番でしてみました。
練習にあたって曲を仕上げる事をメインには考えない、その為弾けない個所だけを集中して
部分練習はしない。1000回弾く間にどのような状態になるか、どう変わるか、変わらないか、
そのような事を確認する事を主眼にする。
通しで20回弾くと50分弱かかり意外と長く感じる。
スタート当初は頻繁に曲の途中で脳の処理が間に合わなくなりフリーズする、例えばムカデが
右足の次にどの足を動かすの、などと考え出したら二進も三進も行かなくなる、そんな状態。
老化現象で、長い階段を下りる時、途中で足の運びに迷いを生じ転び落ちそうになり止まって
しまう、そんな状態。これはかなり深刻な状態でショックでした。
ほぼ毎回ミスる個所、弾ける時とミスる時が都度変わる個所、ふと不安になった途端に
ミスる個所、右手の動きは同じなのに左手の動きに影響されてミスる個所、何故か弾けていた
個所が弾けなくなること。等々、中々思うように行かない。
こんな状態で7~800回辺りから少しずつであるけれど初めよりは大分指が動くようになって
来た。右手に関してはプランティングが少し楽になって来た。ただプランティングは練習量の積み
重ねで結果的にそうするという事でありプランティングそのものの練習はやらない。
(この点の是非は今は不明)左手はセーハの時どの指から力を入れるか、セーハをしながら
力の入れ方を微調整する事(まだテクニックがしっかり身についていない)、スラーで降下する
個所は左肘を上げ、指先はブリッジ寄りのフォームをとる事、降下の所は最初の音と途中の音を
テヌートして暴走を防ぐ事(まだ出来たり出来なかったり、弾けるようになればフォームはどうでも
いいようなものだが)、左手の一フレットずつのシフトは瞬間的に力を抜き雑音を減らす
(これらは余裕が出てくると徐々に出来そう)。
こんな事を繰返していたら左肩を少し痛めた、ネックに接する左親指にタコが出来た、右指は特に
親指の爪の手入れをちゃんとするとずっと弾き易くなる事、ただ未だ肝心の右手のフォームが
決まらない。
YOUTUBEで演奏の見れるミクルカさんの右手のフォームが良さそうだけど誰にも通用するのか
どうかは分からない。
大体1000回を越した現時点、録音をしてみると相変わらずミスも多く、残念ながらスタート時と
余り変わらない。更に脳のフリーズ現象が未だかなり起こる。これは老化及び病理的な事が原因
ではないか。これからは、このような状態を前提にしての練習法を考える必要がある。
ただ弾いている本人の実感としては右手の動きそのものは大分良くなって来たと思う。途中ミスで
躓きながらもそのまま何とか最後まで弾き通せるようにはなった。ただ仕上がり迄にはかなり
解決する事があり最終的にはプランティングが完全に出来ない中は弾けないと思う。
ジョンウィリアムスさんは必要に応じて指慣らしにこの1番を何回か繰り返して弾く位で後は別に
改まった事をしないと言うような事を読んだ事がある。
ホセルイス・ゴンサレスさんは生徒に練習は1万回弾きなさいと言ったとか言わないとか。
実験は一旦終了とするけれど1000回は1000回なりの良い経験でした。ただ曲を仕上げる
練習は回数の問題ではなく練習の内容が大事だと感じました。

こんなメタメタな状態で曲を載せるのはお聞き苦しく申し訳ありません。
残念ですが仕方ない、後日の仕上がりを期して。

ビラロボス エチュード1番


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